「40分の1」

 春になりました。農作業が本格的に始まりました。
 1人の人間が、二十歳くらいから六十過ぎまで働くとして、約40年。コメつくりは1年1作ですから、わずかに40回しか出来ません。その40分の1が、ことしも始まりました。
 1年に1回という農業のサイクルは、工業や商業のサイクルに比べるととっても長く、一つのやり方で結論がでるまでに何年もかかります。「あ、こりゃイカン、失敗だ。じゃあ、別のやり方でやってみよう」が、すぐに再出発できないんです。少なくとも1年間待たなければなりません。
 ゆったりとした時間の流れのなかで、新しいアイデアなり、1つのチャレンジは何年か経たないと結果がわかりません。落ちついて取り組める気持ちの余裕がないと、なかなかやっていけない、気の遠くなるような世界です。自然界の大きなサイクルは、まるで大河ドラマのように静かにゆっくりとまわっています。いっぽうで現実の世界は、せちがらく、あわただしい。やってる自分も気が短い。笑うしかないようなはっきりとしたギャップがそこにはあります。農業の奥深い部分、むずかしくもおもしろい部分が、そこにはあります。
 コメつくりに取り組んで約10年になります。私は35歳になりました。スタートがすこし遅かったですから、あと20数回、残りを指折り数えるようになってきました。正直言って、あわてますね。思ったよりも残り時間が少ないのです。もちろん、農業のサイクルを頭では理解していますので、あわてるな、と自分に言い聞かせます。「人間があわてると、農業は失敗するぞ」と落ち着かせます。相手が生き物である以上、5年かかるところを3年に短縮することは、けっしてできない相談なんです。
 どこの商売でも同じかもしれませんが、充実した時間というものは短いものです。スポーツ選手のことを思い出しました。カズはあと何年、現役のサッカー選手としてプレーできるだろうか。松井はトップ選手として、あとどれだけ活躍できるだろうか。スポーツ選手の彼らには明らかにあと20数回なんて試行錯誤のチャンスはありません。スポーツ選手の寿命からいったら、私達の商売は、何倍も息の長い商売です。ずっと恵まれているのかもしれません。たとえば、そんなことを考えて、のんびり気長に取り組みたいとあらためて気持ちを入れ替えるのです。
 農薬の使用をどうしよう、肥培管理をどうしよう、ということは毎年毎年考え方を新しくしています。生産者として、去年よりも一歩でも前に、が私達の理念です。変化の乏しい農業経営でも少しずつでも前進したい、が私達の目標です。ですから極端に言えば「栽培法の確立」はまだまだ先の話しです。
 「農薬の使用は最小限に。肥料は控えて収量よりも味を追求する」・・・その基本方針はもちろん変わりません。ただ、こまかい栽培のやり方はやっぱり少しずつ変わっていきます。栽培法の「確立」よりも試行錯誤が優先課題です。
 時間は足りません。いつも足りません。私は焦りすぎるのでしょうか。皆さんはどうですか。
 種まき作業で、動き始めた小さな命に触れながら、自分自身に問い掛けています。おろかな人間の小ささを、じっと見つめる春になりました。





HOME

Copyright (C)1997-2003 Akiyama-farm. All rights reserved.

このホームページ上に掲載されているすべての画像・文書などの無断転載を禁じます。