「土を触る、土に聞く」

 農業にはいろんな種類の農業があります。
 ビニールハウスで野菜や花を育てる施設園芸、露地野菜、酪農、養鶏、養豚、果樹栽培、それから稲作や麦作。最近では、ブドウやイチゴのもぎ取りを観光施設としておこなっているもの、さらに牧場わきのバーベキューハウス、レストランまで、広い意味での農業に分類されています。
 秋山農場では水田稲作が中心ですが、ほかの作目にも興味を持っています。もともとが食べることが好きで始めたものですから、「農の分野」と「食の分野」は、僕の中では切り離すことはできません。おいしい食べ物を味わうことは、僕の中では、農作業の一種です。ですから旅行や出張に出ると、その土地のおいしいものを食べるだけでなく、土に触るのも同じくらい楽しみになります。
 
 雪が解けて、田んぼがどんどん乾いてゆきます。田んぼに出ては、土を触ってみます。指先でこねてみたり、手のひらでギュッと握ってみたり。土が濡れているか乾いているか、あったかいか、冷たいか、固いかやわらかいか、触診です。
もちろん目でも見ますし、匂いも嗅ぎます。時にはなめてもみます。人間の持つありとあらゆる感性でもって、土の状態を調べます。土はしゃべりません。でも土の声を聞き、土とコミュニケーションをとります。
 土診断は、科学的な分析が普通ですが、優れた農民は、科学の力と同じかそれ以上の鋭い直感を持っています。
 土を触り、土の色を見て、生えている雑草の種類や栽培している作物の葉の状態を観察しただけで、一瞬で診断することができます。この事実は不思議な現象です。
 でも、最終的においしいものは、論理の世界ではありません。もっとずっと感性の領域です。腕のいい料理人の作った料理は、いい香りがして、見た目も美しくて、食欲をそそります。栄養素だとか、カロリー計算だとか、ビタミン・ミネラルだとか、そういうものを超越して、パブロフの犬よろしく、唾液の分泌に直結します。それで食べてみて、やっぱりおいしいものは、新鮮な食材であったり、ビタミンやミネラルがバランスよく含まれていたり、結局のところ、だいたい体にもいいものです。食事を前に「うわっ、おいしそ〜」を思った最初の感覚は、コンピュータによる栄養分析を待たずとも、案外、的外れではないように思います。
 例えばおコメ。食べておいしいご飯とは、茶碗に盛ったときの感じからして、いかにもおいしそうです。炊く前の段階、生のコメ粒の段階からして、おいしそうな期待感がただよいます。ではもっと前の段階、農業の現場ではどうでしょうか。
 イネの収穫をするときにすでに、おいしそうな米は、実り方、イネの輝き方が違います。これはうまく説明できませんが、黄金色の加減がなんとも言えないいい色合いになるのです。おいしそうな黄金色があるのなら、さらにその前に、おいしそうな緑色があるはずです。もーっと前には田んぼに植える苗からして、食欲をすする気配があるはずです。それは、生きている者の直感です。そしてこの春の時期。ああ、ここの田んぼの米はおいしそうだ。実際に食べる1年も半年前から、この土で作ったら、おいしいものができそうだ・・・なんて、想像力をたくましくしてお話できたら、きっと楽しいだろうなあと思います。農業をする仲間だけでなく、農業に関係のない方達とも、そんな話がしたいです。  




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