「命からがら」

 「雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けぬ丈夫な身体を持ち、慾はなく、けっして怒らず、いつも静かに笑っている・・・」宮沢賢治の有名な「雨ニモ負ケズ」です。むかし、学校でならった詩です。今でもときどき思い出します。
 今年の夏は、いや今年の夏も大変な暑さでした。35℃、36℃は当り前。もはやニュースにもなリません。新聞やテレビのニュースにはならなくても、35℃を超えると個人的には重大なニュースです。毎日毎日生活するだけでも、食事をとって外を出歩く、当たり前のことさえ、結構大変です。岐阜県多治見のような盆地や内陸は、気温はかなり上がっても空気は乾燥気味だろうと思いますが、うちは水田にぐるりと囲まれているので、湿度が高く不快指数が高いです。
 宮沢賢治は「寒さの夏はオロオロ歩き」、実りの悪い作物を案じたようですが、私達にとって、今年の夏はまるで逆でした。
 35℃を超えるような気温は、イネにとっても生活は過酷です。暑すぎて消耗するのです。管理する人間としては、なんとか冷たい水を引いて、イネの体温を下げようと努力しました。本来イネは太陽も好きだし、夏の暑さも好きな植物です。しかし今年の夏は暑すぎました。植物は移動ができないので、日陰に避難することも出来ないし、クーラーや扇風機にあたることも出来ません。
 そういえば、この冬は大雪でした。それも規格外の大雪でした。暖冬の予報を出していた天気予報は、あとになってそれを撤回したほどです。厳しい冬でした。
 春になっても低温傾向はつづき、田植えの時期になっても、地温は上がらず、風は冷たいままでした。そのため春の農作業は、全体に1週間ほど遅らせたのです。それはまだつい4ヶ月前のことです。春は寒さのためにオロオロ歩いていたのです。今から思うとちょっと信じられません。
 9月。今年もイネは穂を出してコウベを垂れはじめました。当たり前のこととはいえ、イネの生命力には驚きます。半年間、付き合ってきたイネですから、当然、家族のような愛着があります。そして種モミの頃から、厳しく丈夫にそだててきた経緯もあるので、稲刈りの季節を迎えられることは立派に育ったなあと誇らしい気持ちで、本当に嬉しいです。赤ちゃんの頃からずうっと見てきた間柄だからこそ、イネの力強さ、環境への適応能力にあらためて恐れ入ります。感服してしまいます。
 私達、人間のほうは「イネを育てている」なんて上から目線で話していても、雪にも負けたし、夏の暑さにも負けます。台風になんか来たら絶対勝てっこないし、ちょっとした風でさえ飛ばされてます。命からがら、やっと生きてるんです。
 宮沢賢治の詩も、「雨にも負けず風にも負けず生きています」じゃなくて、「そういう人に私はなりたい」で、締めくくられています。彼もそういう人間じゃなかったんですね。雨にも負けたし、風にも負けたし、身体は丈夫じゃなかったし、慾もあって、しかも腹も立って怒りもあった。・・・なんだ。どこかの誰かとおんなじじゃねえか。人間はあまり進歩していないのかもしれません。
 ロシアでは、異常気象で穀倉地帯の小麦が不作。被害も深刻、影響も甚大なようです。一方、新潟は板倉のイネは、なんとか今年も異常気象の中を生き延びました。死ぬ作物あり、生き延びる作物あり、です。よく頑張りました。
 収穫まであと少しです。私は泣いてしまうかもしれません。立派なイネをほめてあげたいと思います。




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