「冷たい水」

 農業の栽培技術は大きく2つに分けられます。増収技術と食味向上技術です。
 増収技術とは、例えば10mX10mの面積で、どれだけたくさん収穫できるかを競うものです。人類の歴史は長いこと飢餓との戦いでしたから、穀物でも野菜でも果樹でもとにかくたくさんとれることをめざしました。一定の面積からの収穫高が、去年よりもあがるよう研究するのが増収の技術です。日本の稲作の場合、10mX100m=10アール(1反)が基準の面積で、この単位で何キロとれたかは、いつでもどこでもすべての農民が気にしています。
 それに対し、食味向上の技術は、何キロ取れたかではなく、
どうやったらおいしいものが作れるかで、言ってみれば「量より質」に焦点を絞っています。社会全体が豊かになり、グルメ・ブームがやってきた頃から農業者も本腰を入れはじめたところですから、日本でもここ20〜30年ではないでしょうか。まだ新しい視点です。一年一作の農業では、技術としての歴史も浅く、研究はまだ始まったばかりといってもいいかもしれません。
 野菜や果物の生産現場では、糖度計というものを使います。
 メロンが甘いとか、桃が甘いとか、白菜や大根が甘いとか、甘さ・糖分を数値化することができる計器です。体温計で体温を測るように、手軽に計ることができます。
 おコメの業界には食味計という計器があります。これもコメの味を、機械が100点満点で点数化するというものです。おコメの場合は、粘り具合やたんぱく質の含有量を調べるとおおよそ味の推測がつくといわれています。パサパサのご飯よりも、もっちりふっくらのご飯のほうが美味しいし、苦味を感じるものよりは甘みを感じるもののほうが美味しいです。化学成分の分析でそれを調べます。
 しかし、一見便利な糖度計も食味計も、味の全てをまだ説明するところまでは残念ながらいっていません。結局のところ、最終的には人間が食べて判断することがまだ一般的です。
 計器が示す数値はひとつの目安にしか過ぎず、人間の舌が判断する官能検査のほうがまだまだ精度が高いということです。高い糖度を示したひたすら甘いだけのリンゴは果たして美味しいか、と考えれば実際は、甘さと酸味のバランスがものすごく大事だろうし、噛んだときのしゃきしゃきの歯ごたえだって大事な味の要素です。甘さだけを計る糖度計だけでは、そういったことを総合的に判断できないのです。
 食味計も同じく登場してからまだここ15年くらいしかたっていません。現在はまだ、複合的な味の要素のほんのごく一部を数値化しているにすぎません。ただ、方向性は間違っていないと思いますので、いずれは主要な農業機械となるだろうと思っています。

 今年は、全国的に平年よりもかなり早い梅雨入りとなりましたが、この時期のイネは雨の中、水の中で育ちます。で、おもしろいことがわかっています。田んぼの水の温度とコメの味が関係していて、冷たい水で育てたイネは、コメが旨いのです。
 これはある種の経験則なので、なぜそうなるのか、どうしてなのか科学的にはよくわかっていません。ただ、どうも冷たい水が美味しいコメを作るようなのです。そういえば旨いコメの産地は、温暖でひらけた平野よりもむしろ、雪深いところや川の流れの急なところのほうが多いですね。ゆったりとした大河よりも、雪解けの清流のほうが水温はかなり低いです。
 増収のための技術が、農業の古典だとするなら、そこには「水温が高いと生育は進みやすい」と書いてあります。もちろん、高温ではいけませんが、冷たい水よりもなまぬるい水のほうがよく育つのは事実です。一方、良食味を追求する新技術のほうでは、逆に冷たい水で冷やせ、ということになります。生育を抑えろということなのでしょうか、私にもよくわかりません。
 見ていると、冷たい水を田に引くとイネは縮こまってしまうのか、実に頼りなくかわいそうなくらい体格も貧弱です。
 晩秋の野菜は霜にあてると甘みが増しますね。それと同じで寒さストレスのようなものが、旨みと関係しているのかもしれません。
 冬の豪雪は、住む人間にとっては厄介なものですが、イネにとっては、美味しいコメを育む環境要因となっているようです。ありがたいことなのです。梅雨の時期を迎えても、妙高山に白い帽子をかぶせている残雪に感謝したいと思います。




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