「タニシの宇宙」

 ひと月ほど前から水槽にタニシを入れて飼っています。
 もともとは、お祭りに行ったときの金魚すくいでもらってきた金魚を、とりあえず水槽にでも放しておくか、と始めたのですが、主役の金魚はいつの間にかいなくなってしまい、水槽の主はタニシに取って代わられました。
 以前にも、玄関先の水槽で、いろんな生き物を飼っていたことがあります。田んぼで捕まえてくるのです。ドジョウとかおたまじゃくしとか、イトミミズとか。おたまじゃくしは足が出てきたなと思ったら、すぐにカエルになって水槽から脱走しました。カエルの卵のかたまりを入れたら、大量のおたまじゃくしに孵化。それが、一日に1〜2匹ずつ、つぎつぎにカエルとなって玄関から出て行くさまは、圧巻でした。「行ってらっしゃい。君たちの生まれたところはそのまま置いておくから、たまには帰省してもいいぞ・・?」と声をかけても、戻ってくるものは一匹もなく、最後には水槽が寂しくガランとしていました。物置から水槽を引っ張り出してきたのは、そのとき以来ですから、5年振りくらいでしょうか。タニシがかわいいのは、カエルと違って脱走しないところですね。

タニシは砂を含んだ土壌の田んぼに多くいます。年々、その数は増えていて、機械作業をしていると、踏んでしまうのではないかと、ヒヤヒヤするほどです。タニシは田んぼにとって、いい生き物です。タニシが動き回ってくれるので、田んぼの土の表面はかき回されて除草効果があるし、タニシが増えるということは、田んぼの中にプランクトンなどタニシのエサになる小動物がたくさん住んでいるという事でもあります。
 タニシは世界中の広い範囲に生息しているそうで、その生命力の強さの秘密にエサのとり方があるらしい。石や岩など物の表面についた藻などを削り取って食べる方法と水中に漂うエサをろ過しながら食べる方法を使って、エサを取るらしいのです。
 そのタニシ、田んぼで見るとじっとしているように見えます。いつも、ほとんど動いていない。でも、タニシの周辺には、タニシがエサを求めて動いた足跡が、いっぱいあって、それは、ナスカの地上絵を思わせるほどの広範囲の移動なのです。あっちに曲がり、こっちに曲がりして、まるで絵を描いているかのようです。タニシはいつ動いているのか? タニシの水槽を、改めてのぞいてみます。

 タニシ、金魚と比べるとその薄黒いルックスはあまりにも地味で、華やかな色あいもヒラヒラもありません。また仲間と群れてはしゃぐような素振りもありません。でも、タニシをじっとみていると、なんだかそういうものを超越した存在のような気がしてきます。それぞれが別々のガラス面に張りついて、何かをじっと見つめています。いや、何かを待っているのか、考えているのか、「哲学している」感じがします。脱走も企てないし、口をパクパクさせて人間に訴えかけることもありません。土にもぐって行方をくらますこともありません。ひたすら静かに水槽の掃除をつづけています。
 泰然自若のたたずまいは宇宙からの使いでしょうか、もしくは逆に、ぐるぐる渦巻きのなかに壮大な宇宙を抱えているのでしょうか。ずっと見ていても私にはよくわかりません。ただ、タニシは私の知らない世界で、私とは違う価値観で生きている気がします。

 食べる機会はほとんどありませんが、タニシ、美味しいですよね。私の住んでいる地域では、古くは味噌汁でいただく習慣があります。「この田んぼ、タニシいっぱいいるねやぁ。昔はよく食べたんだ。汁に入れてさぁ。タニシ美味しいんだよ。」と、うちの田んぼのタニシの多さに驚きながらそう言った方がいます。魯山人の大好物だった、とどこかで読んだこともあります。サザエやツブ貝と同じ巻き貝。淡水の貝のなかでは私も一番好きです。
 「大きくなったら食べちゃおうかな」と私が思っているのは、水槽のタニシには内緒です・・。

 



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