「系 譜」

 この世に絶対というものはないと言われますが、話をコメの系譜に限ってみれば、絶対王者といえる存在があります。
 コシヒカリという品種は、約40年にわたり日本での栽培面積1位を続けています。
 そのルーツをたどると、戦後の食糧難の時代、とにかく収穫量が第一、味は二の次だった時代にさかのぼることができますが、その頃、新潟県にあった在来種を、福井県の農業試験場が大事に育てていたものがコシヒカリ。新潟の「越後」、福井の「越前」から「越」の字をとって、越の国で輝くコメ、との思いが名前にはこめられました。
 日本経済の復興にともない空腹感が薄れてくると、少しずつ食味の良いものが求められるようになり、収穫量の競争から良食味の競争へと農村に吹く風も変わりはじめます。
 コシヒカリは日本中で作られるようになり、現在の産地は、九州から東北地方まで広がりました。いまや日本で採れるコメの3分の1、3粒に1粒はコシヒカリです。
 コシヒカリ以外で有名なお米といえば「あきたこまち」や「ひとめぼれ」などがありますが、実はあきたこまちやひとめぼれも、コシヒカリの子供にあたる品種です。コシヒカリを親にして改良され、系譜につらなる品種は、地方ごとにあります。子や孫にあたるすべての品種を数えれば、その割合は日本全体の栽培面積の9割以上にのぼります。つまり日本中にあるほとんどの田んぼで「コシヒカリかその一族」が栽培されているわけです。
 さらに中国では「越光」という名前で、栽培面積・販売金額いずれも増加の一途。アメリカでも日本食のブームもあってコシヒカリの栽培は増えています。稲作は、普通は一年かかるので爆発的にシェアを拡大させるということはありませんが、日本では落ち目を知らない絶対王者であり、世界的にもその勢いをはっきり強くしています。
 これってすごいことだと思いませんか。だって、とんかつ定食や納豆ご飯、寿司に天丼、やおにぎりを毎日食べている人ばかりではありません。マーボー豆腐やチンジャオロースー、ステーキを食べたり、カレーを食べたり、食習慣や文化は国・地域によって違います。同じ民族、同じ家族であっても、モッチリしたものが好き、パラっとしているほうが好き、甘いものが好き、サッパリしたものが好きなどと本来は味の好みだって違います。 それなのにコシヒカリは老若男女すべての人を満足させ、日本中を席巻し、末は世界征服までもくろんでいるのではないかと勘ぐりたくなるほどの存在感です。
 しかし育てている側からすると、コシヒカリは決して優れた品種とは言えません。むしろ出来そこないの品種です。苗はいつまでもヒョロヒョロ、暑すぎても寒すぎても生育障害を起こし、肥料が多いと消化不良になり、雨が多ければ病原菌に罹患、背高のっぽで根本からポキンと折れる、厄介な品種です。頑丈、頑健とはほど遠く、ひ弱でデリケート、栽培には手のかかる品種です。
 不思議ですね。農家の私から見ると生物的に一番弱い品種が、コメの絶対王者なのですから・・・。

 雪国出身の品種なので、日本のなかでも(新潟に代表される)豪雪地帯で採れたものが特に美味しいとされています。
 気温の変化に弱い、病気にも弱い、という弱点のために各地で次々と品種改良されてきました。東北地方では、寒さに強い品種にこのコシヒカリをかけあわせて、あきたこまちやひとめぼれが生まれました。
 細かな品種改良、マイナーチェンジは、コシヒカリの本場である新潟・北陸各県でも続けられています。絶対王者は慢心せず油断もせず、といったところでしょうか。
 ですから今より美味しく、より作りやすいものがきっと出てくるでしょう。
 品種改良には気の遠くなるほどの時間がかかりますので、私がコシヒカリの行く末を見届けることはできないでしょうが、50年後、100年後にどんな素晴らしい品種に飛躍しているのか、世界のマーケットでどのくらいの地位を占有することになるのか、興味は尽きません。進歩の速い人工知能(AI)に考えてもらって、コメの将来を予測してもらいたいなと思う今日この頃です。
 桜が咲く頃には、今年も種まきを始めます。



ふきのとう

雪がとけ始めた

つらら



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