「 夢で逢いましょう 」
2018年11月号

 
  収穫されたイネは、眠りに入ります。
 いや、イネというよりもコメといったほうがふさわしい呼び名かもしれませんが、とにかく眠ります。環境の変化の少ない場所で、スヤスヤと眠ります。
 だれに教わったわけでもないのにコメにも体内時計があって「ま、しばらくは出番がなさそうだから、ひと眠りするか」と考えてるようです。発芽するときまで、しばらくおやすみなさい、ということなのです。コメの本来の役割は、タネです。いつか土にまかれるその日まで、なるべくエネルギーを浪費しないよう、静養するわけです。コメは気温が下がれば、その組成を変えずに、じっとしています。イネとしての命を全うできる日が来るまで待つのです。賢いヤツというか、合理的な生活スタイルですね。
 いま私たちもそのイネの生理に寄り添って、より良い睡眠が保てるようにお手伝いをしています。以前は、古米と新米の端境期には、食味が大きく変動したような気がしませんか。最近は、新米の出回る季節に「とれたて」を食べても、新米の圧倒的な感動は少し薄れているように思います。新米の味が落ちたのではなくて、古米の品質が保たれているのですね。このイネの「冬眠」という期間を長くとる保管方法によって、味の劣化を防いでいるわけです。

 落葉樹が秋の終わりに、葉っぱを落として光合成や呼吸を控えようとするのも、冬への備えです。霜にあたると、野菜(大根やホウレン草や白菜や野沢菜や・・・)が糖度を増すのも、冬眠の準備ですね。植物に限らず、冬には小さな動物たちは、ネズミとかヘビとか昆虫など、だいたい寝てしまいますし、身体の大きな動物でも冬眠するのがいます。クマとかコウモリとか。土や微生物も冬の間、雪の下でぐっすり眠りますから、いろいろな生物たちの睡眠を考えるとおもしろいものです。
 睡眠って、大事なんですね。休んでいるのではなくて力を貯めこんでいる、ということなのでしょう。得練るギー、エネルギー、・・。
 24時間眠らない街とか深夜営業とか、人間社会は大きな進歩とともに睡眠を削ってきました。不眠不休で働くって、人間的にはとても頑張っている感じがしますが、動物として生物としてはどうなのでしょうか?
 「ちょっと一杯ひっかけてから、寝るか」なんていう動物がいたら笑ってしまいますが、ちょっと見当たりません。「ジムに行って身体を動かさないと、寝付けないんだよなあ」なんていうユニークな植物もいません。動植物たちはみんな自然に寝ます。特別なこともせず、生活のルーティーンの中でぐっすり眠ります。
 マットレスとか寝具のキャッチコピーに「眠りを科学する」ってよく見かけますが、科学的に論理的に追求しないと眠れない人が増えているのですね。
 そういう私もその一人で、夜中にヨーロッパでやっているサッカーを観戦することと、睡眠に充てる時間を取り換えています。子供の頃は、海外のサッカーをテレビで観戦するのも1試合を2週に分けて観ていたのに、今ではインターネット回線で世界中の試合を見ることが出来ます。もうわけが分かりません。しかも、ほとんどライブ中継です。夢中になって追いかけていると寝るヒマもありません。便利になったとかそういったことを通り越して、不自然な状態といってもいいでしょう。
 この100年で人間は寿命も大きく伸ばしましたが「自然の姿」や「自然とともに生きる術」を忘れてしまいました。夜遊びも、夜更かしも、若さゆえの甘い蜜の味。眠り自体が浅くなったり、明け方に目が覚めてしまったりは、歳を重ねて来たゆえの苦い味。
 赤ん坊のころは人間だって、摂理に従って食う寝る遊ぶをしていたのです。人間はどうしてこんなにも自然界から離れてしまったのかと振り返っても、もう後戻りする道はないのかもしれません。
 倉庫の中のコメを見ては、森の中の美しい紅葉を見ては、「よし、僕も、この冬くらいはちゃんと寝よう」と他愛もないことを思っています。












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