「 イネは横に大きくなる」
2019年6月号

 今年のゴールデンウィークの頃は気温が全く上がらず、苗の生育が大きく遅れたため、例年よりも数日遅れた田植え開始となりました。ところが5月の中旬になったとたん初夏の陽気となり、目まぐるしい気温の変化に、苗も人間も大慌て。まるで駆け足をするような田植えとなりました。
 今はすべてのイネが水中に入ったので、体感温度の面でも、生育の面でも少し穏やかな生活になったところです。梅雨に入れば、さらに落ち着くのではないでしょうか。
 田植えされたイネは、まず横に太ります。背丈が伸びるのは7月に入ってからで、まだまだ先です。人間ならばたいていは先に背が伸びて、成長期の身長の伸びが止まったのち、筋肉がついたり脂肪がついたりしてきますね。「中年太り」という言葉があるくらいですから・・・。イネは生育の順序が逆です。まず目いっぱい横にふくらんで、その後で上背が伸びます。
 ですから、田植えのときは横に広がる空間をあらかじめ考慮して、だいたい30センチ四方に苗2本くらい、と間隔を十分にあけて植え付けます。隣との間が30センチほど離れているため、マッチ棒のようなカイワレ大根のような苗が水に揺れる様子はほとほと頼りなく映ります。そこから、定位置を与えられたイネはまず横に太り始めるのです。太るといっても「ヒョロヒョロののび太がジャイアンになる」のではなくて、2本が4本、4本が6本、6本が8本と、分かれていくのです。最初は双子だったのび太が、4人、8人、と増えていく感じでしょうか。根元から新しい茎が生えて来て増えます。これを「分げつ」といいます。6月はその分げつの最盛期です。 
 イネ科の植物、麦などのほかにも、ネギやニラも、根元で茎が分かれて増えていきますね。1本2本と数えていた小さな苗も、次第にひと固まりの「株」になっていきます。
 人間の成長に照らし合わせれば、田植え以前が幼児期、田植えが済むと少年期、梅雨が明ければ青年期、という感じです。7月中旬には葉っぱは頑丈になり、触った手が切れるくらいにまで変わってきます。その生命力と急激な変化には、毎年のことですが目を見張るばかりです。
 株式会社のもとになる「株式」も、このイネの株が語源なんだろうと思うと、おもしろいですよね。英語で株式は「Stock」や「Share」という単語です。ストック(たくわえ)やシェア(共有持ち分)という外国語に、植物由来の「株」という訳語をあてたのは、驚きです。目の付け所がユニークです。資本というのは増資を繰り返して急激に大きくなるもの、と訳語を考えた人には見えたにちがいありません。
 きっと日本に株式会社の仕組みを最初に導入したのは、農家でしょうね。(現在の東証には、稲作りや麦作りの専門の会社は、残念ながら1社も上場していないのですが・・・。)株式会社のシステムが日本に上陸した経緯と、それを紹介した翻訳家の経歴について、知りたいものです。おそらく6月の田んぼでどんどん増えていくイネの茎数を数えていた人でしょうね。
 さて、そのイネがどこまで横に大きくなっていくのかといえば、おもしろいことに、隣の株のちょっと手前までで、そこで生長を止めます。
お隣のちょっと手前です。つまり隣の株との間隔が大きく空いていると、どこまでも分げつして太っていくし、反対に隣の株とすぐ近くに居を構えたときには遠慮してそれほど太りません。お隣との距離を測っているのです。ピッタリくっつかずに、多少の空間を設けたほうが日当たりやら風通しやら確保されて快適だ、ということを知っているのです。植物には眼がないはずなのに、お隣さんをどうやって見ているのでしょうか。本当に不思議です。「隣の家とは、ほどほどの距離を保ったほうがいい」との見識も確かにその通り。人間がイネから教わる処世術のひとつですね。
 イネは数も数えています。およそ100℃が経過すると、新芽が出て茎になります。100℃とは、20℃の日なら5日という計算です。温度計も計算機も持っていないのに計算は正確です。僕は声に出して数字を読み上げたりして、言葉を使わないと100までたぶん数えられません。「イネ、おぬし、やるな」どころではありません。数字を数える言語を持っているのかと、考えたくなります。
 最近の研究では、動物にも人間にあるような喜怒哀楽の感情があり、知的な能力のかなり高い種族がいることが分かってきました。そういった研究がさらに進めば、植物にも感情があり知的レベルの高い種族がある、なんてことが判明する日が来るかもしれません。












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