「命の名前 」
2019年12月号

 
 重い雲が立ち込めてきました。
 新潟の冬は、重たく湿った灰色の雪雲に覆われています。これから3〜4か月は、この陰鬱な雲とともに暮らしていくことになります。
 日本海側の雪の降る地域は「裏日本」と呼ばれます。東京や大阪に「表日本」という言いかたはあまり聞きませんが、まあ、そういう意味ですね。近代になって以降、国家を挙げての工業化による発展の恩恵を、あまり受けてこなかった地域です。
 私たちの町の上越は、戦国期には京都に次ぐ人口を抱える大都市だった、との資料があります。コメがたくさん獲れて、海があって山があって、美味しい食べ物に囲まれている地域です。農業による経済が充分にまわっている時に、工業化という、まだ誰も見たことのない別の方向に進むなんてことが出来たでしょうか?
 明治政府が「殖産興業」「脱亜入欧」と旗を振っても、体裁はどうあれ、心の内では共感できないし、そんな話は遠い外国のように感じたことでしょう。そうして現代まで、封建社会さながらの風土が、まだ残っているわけです。
 これは遅れているとも言えますが、古き良き日本が大切に受け継がれているという言いかたも出来ます。グローバル化が進んでいるからこそ、日本の原風景や農業の意味のようなものは、見直されて来ているかもしれません。
 そして雪です。
 重機や動力がまたよく行きわたっていない時代、2メートルも積もる雪をどうやってどかせばよかったのでしょうか? 大きな人口を抱えながら、工業や商業の仕組みが組織されなかったのは、雪がネックになっていた部分もあったことでしょう。
 ただ、雪は工業化には弊害だったとしても、稲作をするうえでは不可欠です。白鳥が飛来する、美しいな、いい土地だな、と感じるけれど、寒波が襲来したら嫌だな、悪夢だ、とはなりません。白鳥と大雪はセットで、不可分です。どちらかだけを選べません。

 そこで、冬型の低気圧にも、名前を付けるってのはどうでしょう。
 台風も10号とか21号というほかに、人間みたいな名前を付けることもありますよね。キャサリンとか、カトリーナとか、ジェーンとか。女性の名前ばかりかな?? 確かにどこかへ吹き飛ばされてしまいそうな凄まじい感じです。また、僕の好きな歌に『ガルシアの風』というのがありまして、それは暖かい風に勇気をもらう、という曲です。こちらは男性名で、大きな苦難でへこたれそうな心を柔らかく包み込んでくれる、そんな宗教的な響きがします。
 山や川にはすべて名前があり、雨や風も名前で呼ぶのですから、雪や雲にだって名前があってもいいんじゃないでしょうか。
 田んぼは冬のあいだ雪の下で冬眠しています。食料工場が廃れて閉鎖されているのではなく、そこで暮らすたくさんの命は休んでいるのです。来年のために英気を養っているのです。
田んぼも命なら、毛布のように重なった雪もやはり命です。ゆっくりと流れる雲だって無機質な数値で評価しえない命の仲間です。
 どういう名前が、いいですかね? そうだなあ? セルヒオ? いやいや、これじゃ、アンダルシアの砂嵐か? 雪の名前じゃないな。アレクサンダー? おお、すごく強そう。うーん、でもこれ、津波のような? 地中海か黒海あたりの。寒波は、シベリアのほうから来るわけだから・・・、ロシア人? ヴラドレーナとか? ナターリア? ・・・うむ。
 僕たちの町に来る吹雪なんだから、日本の名前のほうかしっくり来るか? 冬将軍なんていう表現もあるし・・。ツネヨシとか? イエタダ? もっと普通の名前か?
「今夜あたり来るってさ、ダイスケ、かなり降るらしいよ、一晩で1メートル!」
「メグミさん、止まらんし、もういい加減にしてくれよ」
 でもニュース番組で「昨夜、日本列島に甚大な被害をもたらしたミホちゃんは・・」って、無理ですね。読み上げられませんね。
 マイナス40℃の猛烈な寒波の名前か・・・。雪男ってどういう感じなんだろう? 名前ってあった? 大きくて動かない? お相撲さんだ。キョクテンザン? コト・・タケリュウ・・。ウランバートルから来る? のしかかられたら、動けないな、これは。
 ・・・なんだか楽しくなってきました。雪は私たちにとって生活の敵ではなく、ファミリーです。













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